声・まっくら森

天寧煌子の文章置き場(主に詩)

終わりの始まり ―ドナ・ウィリアムズに贈る―

あなたを知ったとき
わたしと思った
あなたはわたし

 

それから
あなたの示したわたしを探しに
旅立っていった
遠くへ 遠くへ……

 

わたしがわたしになる
大地を見つけたとき
わたしを知らない
あなたに橋をかける
明日がくるかもしれないと
道を急いだ

 

けわしく終わりのない風雪は
歩む足をとどめた
休息の天幕で
あなたを呼び寄せなかった
色彩が染みるから

 

旅はどうにか道半ばまできたとき
何かが光った
あなたの至高の結晶が
姿を顕したのをわたしは見た
ついにわたしは知った
あなたはわたしではない
違うということが
わたしの現し身だった

 

ちょうどそのとき
一陣の知らせが吹いた
あなたを呼び寄せなかった日
あなたはいなくなっていた
すでに 橋をかける前に
永遠に

 

あなたの遺言は
わたしを象っている陰影を照らした
あなたにはなれずとも
わたしは陰影を描き出すだろう
もう橋はかけられない
そのことが橋になる
あなたはもういない
そのことがわたしとあなたの
はじまりとなる

 

ドナ わたしはまだここに……
ドナ わたしはまだここから……

(2019.1.19)

 

記憶の塔

怒濤の保存が行く手をさえぎり
執念の塔となってそびえ立った

  (日記四九冊)
  (素描三四冊)
  (生活二一冊)
  (会話一七冊)
  (研究八冊)

記憶×××冊
オドロオドロシイグチャグチャの
シドロモドロシイメチャクチャが
わたしを救い出してと絡みついて
覚え違いがあってはならぬ
ただひとさじのもれも許さぬ
すべてすべてを刻みつけてと
足もとにむらがりまとう

  (コレヲドウスレバ)

振り向く背後に高殿が
うなりを上げて積み上がる
歩を進めるほどあわれな我執の頂が
再生の映像を載せて
新記録を更新する

  (積載重量突破)

天を衝く建設
壊れた脳髄は保存を手放さない
明日は到来を尻込みする

  (忘レラレナイ)

電脳空間に撒き散らして回収
赤面の残骸がふたたび頂を高くする
聖書の字句は皮肉を贈る

  (蔵ニ収メズ)

オドロオドロシイグチャグチャの
シドロモドロシイメチャクチャが
蔵の扉を突き破る
執念の高殿は
明日の塔を形成する

(2018.9.19)

 

修羅の祈り

わたくしは争いに明け暮れました
十字架の重みにひしがれて
遂にひらたい原生動物となり
地べたを這いずっております
見下ろすことのない一つの目は
固定された視界で 局限された風景を
眺めるしかございません
灯台よ あなたはその明晰な眼光で
空からわたくしのうごめく全容を
あきらかに象ります
灯台よ あなたの視線は
世界をくまなく網羅するほど高いのです
しかし修羅の道は
地を這うしかないものであります
わたくしは登りましょう 這いながら
偽足をあなたの壁に伝わせながら
灯台よ あなたの見開いた目をわたくしの
淀んだ半眼にはめこみましょう
けれども もし失敗した暁には
灯台よ わたくしは修羅の祈りを
あなたの頭上に掲げましょう

(2018.9.4)

-------------------------------------------------------------------------------------------

【ひとこと】

 修道士臭が抜けない。いいのか、悪いのか。

手紙

こんな
ひとりごとをかいてるひまがあったら
きみに つたえることばを
さがさなければならないのに
みつからない
からばこにてをつっこんだまま
みつからないみつからない と
てがみのうらに
かいている

(2018.1.29)

-------------------------------------------------------------------------------------------

【ひとこと】

 どうしてもこう、こじんまりと、小さくまとまってしまうところが、私の詩の特徴であり、欠点でもあります。スケール感がほしい。むずかしい。

野暮楽士

出馬遅れて詩学の徒
学び舎なき身独善の
イロハも知らぬ野暮楽士
我流きわまる作詩法
奇計無策の赤っ恥
根源なるは苦悩なり
読者方には恐れ入る
癒しも喰わぬ排泄歌

(2018.9.19)

-------------------------------------------------------------------------------------------

【ひとこと】

 七、五と韻を踏んでいます。

ほんとうのこと

 美しい夢や、幻想や、願望や、一瞬のイメージを書くことにあまり興味はない(自分の作品の中にはそういうものがなくはないが)。私にとって、それは絵筆の役割だ。
 文章には、「本当のこと」を求める。真実を見たいし、書きたい。
 私は脚色が苦手で、「本当のこと」から遠く離れた空想はあまり書けない。アホみたいに「本当のこと」をいうバカと言われる。だから小説や戯曲などで発想を遊ばせるのが難しい。つまるところ、自分の体験しか書けないのだと思う。詩ではいろいろ喩えを用いたり、イメージを膨らませた言葉を駆使したりするが、結局「本当のこと」に向かってしまう。
 だが困ったことに、無意識に「本当のこと」を書こうとすると、身元が割れる。私の抱えている問題は相当な稀少ケースで、専用の言葉を使うと、わかる人にはすぐ「この人」とわかってしまう。私はその事態をおそれる。このことが、詩を書く大きなブレーキになっている。
 自分の苦しみを、「本当のこと」を書きたい。あたりさわりのよいもの、無難なもの、真実でないものは、自分を救えない。けれども脚色ができず、何を書いても下着が透けて見えてしまうので、素性が判明することを恐れて(もう判明しているかもしれないが)、萎縮してしまい、自由に表現ができない葛藤がある。
 考えてみれば、必ずしも詩で「本当のこと」を書かなければいけないわけではない。しかし私は消えてしまうバブルはいらない。言葉遊びや幻想や願望の泡の上で遊びたいと思わない。「本当のこと」しか欲しくない。
 感受量が莫大なので、記憶の塔はもはや消化できないほどの高さに達している。なんとか表現しなければ自分がもたない。やむを得ず詩という形式をとる。つまり私が詩を書くのは苦しいから、体験したことを表現することによって記憶を消化したいからである。

 

(2018.4.28)

別れ

一人の客が主人の店を訪れた

往来に面したショーウインドウには

色とりどりの商品が着飾って

見目うるわしい愛想を振りまく

客人は百花の陳列に目を奪われ

はずんだ歓声を上げて

ウインドウの端から端を行ったり来たり

ここにあるのは主人の生き写しと思い

その人に語りかけるように

無邪気に微笑む

 

ショーウインドウの終わるところ

往来に面した店の入り口は

狭くひっそりと目立たないが

たしかに店内に通じている

その奥に控えている店の主人は

鍵穴から外を見ていた

そして客人に向かって

ひそかに心につぶやいた「さようなら」

ショーウインドウに入り口はない

 

客人はおしろいにまみれた品物を抱えて

歩み去る幾多の見物人に紛れ

やがて姿が見えなくなった

(2018.4.29)

-------------------------------------------------------------------------------------------

【ひとこと】

 私は、自分が持っているもう一つの表現に、鑑賞者と作者との本質的なコミュニケーションの通路が通っていないということを書きたかった。

 

 自分の詩が、同じようなイメージに収斂していくようだ。以前もこんな詩を何度か書いたように思う。たぶんこういうのが、私の心象風景なのだろう。
 いつも自分のまわりには化粧した漆喰がある。対面者は化粧の名を呼ぶ。その人に、私は別れを告げる。最後に、真実を詩に託して心を切り離す。すると、似たイメージが引き寄せられて、陰気な風景が出来上がる。