〈特殊〉と〈一般〉のはざまで ―文芸社の講評に寄せて―(5)詩「ゆるして」
ゆるして
私の命は許されていない。社会からも。自分からも。
「もう、許してほしい」と、神に祈った――。
【ゆるして】
ゝ
ひとひらの風が
窓枠に触れる
ゝ
部屋を撫で
さらう波が
ゝ
沈殿する波と
絡まり合い
ゝ
揺蕩いひらく
ありのままに
ゝ
巻き上がり
生まれる灯の
ゝ
零れ光り
渦巻く流れを
ゝ
ゆるして
ゆるして
偶然、加藤諦三の本を読んで、気づいた。「理解してほしい(するべき)」という願望や必要性を、私はマジョリティに押し広げ、外化していた。そうすることは非現実的であると。
マジョリティは、私にとってマフィアだ。だからこそ「マフィアの権力をやり過ごす」「マフィアを避けて生きる」のが大切ではないのか? マフィアに喧嘩を売る(正当な権利を要求する)よりも、逃げるほうが、自分を大事にできると。
私は自己疎外に陥り、距離感を見失っていた。マイノリティ関係者を想定して、距離感を計りながら、自分の意志を押しつけずに、堂々と述べることが、手記の書き方であると心得た。さらに、私にとって、家の中こそ、潜在的能力の伸びるベストの場所である、と気づいた。
マジョリティに無理な要求をしなくなったので、燃え尽き感は、わずかながらも和らいでいき、聴覚過敏の苦闘は、難所を越えた。
このことが、「過度に〈一般〉を目指せば、自分が潰れてしまう」と確信するに至った理由である――。