地底の声

世の中からズレてる人の書いたもの(詩・エッセイ・日記など)

〈自己愛〉と〈他者愛〉のはざまで(4) 『女ぎらい』の印象的な記述「権力のエロス化」と感想

【注意】

私が家の問題を書くと、刺激の強い記事になってしまい、申しわけありません。

気が弱っている時は、あまり読まないよう、注意してください。

 

 1年前、攻撃を快楽にしているサディスティックな父、そしてE氏の「それはあなたのため」という言葉のおかしさを分析するために、上野千鶴子著『女ぎらい』を読んだ。

 以下は、もっとも印象的だった箇所の復習メモである。

 

「権力のエロス化」の章の記述

 近代は、「神」に代わって「自然」を代入した。そして性を「自然化」したという。

 近代婚姻法以降、夫婦関係の性はエロス化された。夫婦間に性行為の義務が発生したと推定されるからだ。夫婦関係の性関係が特権化されただけでなく、その性がeroticizeされたという。「夫婦関係のエロス化」と上野氏は名付けている。

 

 公的世界から放逐され、「私領域=家族」とへと囲い込まれた性は、特権化されて、人格と結びついた。「性の私秘化」という。以来、プライバシーに関することといえば、そのまま性的であることの代名詞になったという。

 私領域(プライバシー:語源は「剥奪された」)は、公権力の届かないブラックボックス、無法地帯となった。こうして、家父長の専属支配のもとに、妻や子どもが従属する「家族の闇」が成立したという。

 プライバシーとは、強者にとっては、公権力による掣肘のない自由な支配を、弱者にとっては、第三者の介入や保護のない恐怖と服従の場になったという。

 

 「夫婦関係のエロス化」のもとで、夫は妻に快楽を教える。妻には快楽の権利と義務があるという。性を統制する権力が、快楽をつうじて作動すること=官能の調教=「権力のエロス化」という図式が理解を助ける。

 神の死んだ近代では、性の自然が原罪となるという。快楽と罰。家父長が神の代行者となって鞭を振るう。家父長に仕える家族は、愛を感じなければならない……(なんとなくわかるようでわかりづらい)。

 性愛は男女間の性的な愛情。性と愛は分離しているはずなのに、一緒くたにされているので、理解が難しい。

 

権力のエロス化

 支配とは、自分の勢力下のものを意のままに操ること。自分色に染め、自分のモノにする(所有する)こと。

 暴力とは、他者の身体(精神)への過剰で強制的なコミットメント。

 

 「支配が性愛のかたちをとる」とは?

 干渉、侵攻、植民地化(自分のモノ化)という一方的なコミットメントを、「おまえにとってもキモチイイはずだ」と思い込みたいということか。

 支配を愛と言い換えるE氏は、近代的な「権力のエロス化」を背景にした価値観を持っているのかもしれない。「家父長の専属支配のもとに妻や子どもが従属する家族」のもとでは、権力(暴力)はエロス(愛)として、エロス(愛)は権力(暴力)として表現されるから、それに快楽を感じていればいい、ということだろうか。

 

 E氏のいう「愛」とは何か?

 アガペー(神の愛)でもフィリア(友愛)でもなさそうだ。エロス? 性愛? 執着? 親密さ? 関心ならぬ身体的関わり=「関体」?

 快楽的な意味は、きっとある。「過剰なコミットメント」という意味もあるだろう。身体の過剰なコミットメントである「関体」。上野氏の文脈では、エロスが一番近そうだ。

 

 家父長が、家族を自分のモノにするべく、一方的に、エロス的に、身体的にコミットメント(関体)をすること。

 マイルドな言葉では、「過干渉」。

 ハードな言葉では、「虐待」「強姦」「植民地化」。

 山本七平の言葉では、ヒヨコにお湯を飲ます「感情移入の絶対化」「乗り移らせ」。

 この一体化を、「おまえにとってもキモチイイはずだ」と思い込みたい、願望。

 父の正義の代行者である「エレクトラ(性的抑圧を受忍した女性)」。こんなトンデモナイ「関体」を、「あなたのために」とか「よかれと思って」とか「愛」とかいうE氏が、私には信じられなかったが、「権力のエロス化」を内面化している、「エレクトラ」の発想だと感じた。

 

『女ぎらい』感想

 読んでいて胸がむかつくほどキツイ箇所、面白すぎて快哉を叫ぶ箇所があった。

 家族、知人など周囲の人々がことごとくミソジニー(女性蔑視)であり、自分も無縁ではないことを知った。

 モテ=持て=(物質としての女性を)所有することで、ホモソーシャルな絆を確認し、アイデンティティを守る。男性が女性を「守る」とは、命を「守る」という以上に、家内財産を所有し、統制する意味が濃厚であることを認識した。

 ドラマで恋愛のシーンが展開されても、この言葉が発せられるや否や、もはや「権力のエロス化」としか受け取れない。

 

 この本の知見は、社会問題の多くに応用できる。世界がひっくりかえった。無知だった。

 私秘性の反対、公開性を。

 女性を「家内」として囲い込まず、ひとりの人間として包摂される社会が実現すれば、と思った。

 女性を性の道具ではなく、ひとりの人間として尊重する、想像力と共感性のある男性の言葉(本やYouTube動画)に、私は癒されている。彼の良心が救いである。