地底の声

世の中からズレてる人の書いたもの(詩・エッセイ・日記など)

感想:「サミュエルを庵に閉じこめたとき+スティグマ」に寄せて

橋本正秀「サミュエルを庵に閉じこめたとき+スティグマ

これはもう一夜の夢のようなお話。竹林の中に忘れ物のように佇んでいる小さな物置でのお話。奔放な竹に囲まれた一隅での物語。

 

サミュエルを庵に閉じこめたとき

僕に向かって咆哮するだろうか?

サミュエルは僕にとって何なのだろうか?

赤色発光し、青色散乱?

喧噪のロウンド、ルフランとク―プレの狂躁の中で死を迎え狂騒の中で蘇る小テーマ?

サミュエルと僕との関係は、彷徨える形式のラウンド?

 

その証拠に、サミュエルは、いつもいつもいつも、いつものように?

何かというと僕の顔色をうかがってそう覗きこんだ瞳の奥にどこよりも深い眼差しがあることを忘却させる手練手管のささやきの?

いや、いな、そう思える?ほどに僕にとってのサミュエルの重大事態なのであろう?

とにもかくも、サミュエルが僕の存在と僕がサミュエルの存在と認識する縁(えにし)が?

そんなことどもに関わらず見られているという意識がたえず自分にはあるのだ?

 

いやいいや、ただただ見ているだけではなく当然のことのように?

わたしの行動の一挙手一投足を見下して行く手に立ちはだかってくるのだ?

しかも、親切にも私を身近な操り人形のごとく見なす職分のように?

僕の手足は、ただただ不器用の所作のうちにも蚤を穿(うが)ち?

血肉を己が血潮で穢す?

 

そんなこんなでそうすると最早穢しているのやら?

ただひたすら穢れさせられているのやら?

ただただただ穢しているとやらいう実体があるにすぎない?

秋のうすら寒い朝、僕ら(僕とサミュエル)はかねてよりの計画を計らうのだ?

サミュエルに悟られぬように慎重に慎重に内密にお静かに?

立てたものだが?

 

頬こけてミイラのような僕であったのか、サミュエルであったのか判然としない夜明け?

だがだがたしかに、つぶさに計画したのさ。これまでの僕の僕らを支えた企みが?

サミュエルに知られていないことにかけたのさギャンブルのような賭け事のように?

時には、ちらっと、知られてしまったのではという猜疑に悩まされることもあったのだ?

 

が、しかしながら、僕はまあ、とにかく、知られていないと思い込むことで安心しつつ暮らすことに無理矢理していた?

サミュエルに知られずに僕に知られずにこの計画を思い浮かべることが密かな楽しみ?

が、とにかくもこの計画いよいよ決行しようとした?

 

初稿は? 物置の中から出てきた草稿? 夢の中で? 夢の中で夢にまで見たものが物語る?

 

(蒼炎浪漫 vol.20 掲載)

 

「サミュエルを庵に閉じこめたとき+スティグマ」に寄せて

 

 もう忘れてしまった。否、忘れたい? そんな出来事があったかどうか。否、たしかにあった? 朧な記憶。そんな過去の悪夢が顔をのぞかせ、読者に、あるいは作者に囁くような、さりげない語り口で、物語は始まる。壮大な物語を波乱万丈に展開するというふうでもなく、「あの時」の心象を、まるで息をするように、一気に書き留めている。その記憶の断面は、禁忌を窃視するような、強烈なインパクトを読者に与える。

 

 サミュエルとは何か?

 

 従順でおとなしい生き物ではないらしい。怪奇映画のエフェクトを思わせる狂騒の中で、何度も何度も生滅している。「僕」の中にいた(る)、あるいは棲んでいた(る)、獰猛な狂獣のような、異形の存在。「僕」とは切っても切れない関係らしい。

 

 神の目のように、パノプティコンの主のように、「僕」を監視しているような、その意味ありげなまなざし。「僕」を見透かしているようなのに、そんなことを気取らせもしない。「僕」は混乱したままサミュエルの視線を感知するが、神のように振る舞うそいつは、己の手品を露見させない。

 

 サミュエルが「僕」に影響を及ぼすほどに、彼を気にする必要はあるだろうか? 重大に扱う価値はあるのだろうか? 彼は「僕」を、「僕」は彼を、互いに認識する。「僕」の存在としての彼。彼の存在としての「僕」。その因縁によって、互いは存在している。

 

 ともかく彼の視線がのしかかるように重いのが気にかかる。ある人は、宇宙が存在しているから自己が存在しているという。ある人は、自己の存在に耐えられないから宇宙を創ったという。サミュエルの視線が「僕」の意識を生んでいる? あるいは逆? 「僕」の意識からサミュエルが生まれた? 「僕」は、彼は誰だ? 一文一文の語尾に付される「?」が、自明なるものの喪失、「僕」の意識の混乱、世界の混沌、何者かへの問いかけを暗示する。

 

 サミュエルはパノプティコンの主?であるばかりではない。「僕」の一挙手一投足を操作し、拘束してくるようだ。所作が狂った事故なのか、あるいは束縛された自暴自棄からか、「僕」は自傷する。やらされているのか、自分でやっているのかもわからない。血潮に穢される肉体があるばかりだ。

 

 もはや「僕」かサミュエルか境界のなくなった自己は、ついに、監視者の目を逃れようとひそかに計画を立てる。彼に認識されることのない新天地を目指して。察知されてはいないかという不安に囚われながら。

 

 企図する。行動を思い描く。そして遂行する。その意志が芽生え、温めた瞬間。「僕」でもサミュエルでもない、新たな自己が誕生したのではないだろうか。意志は、自己を存在させたのだ。「僕」とサミュエルを超えて。

 

(2022.3.13 蒼炎浪漫 vol21 掲載予定?)