地底の声

世の中からズレてる人の書いたもの(詩・エッセイ・日記など)

詩:記憶(Voice of the trauma)

かすかなひび割れの底から地獄が這い出してきた。

平静の裏に押し込めた記憶が悲鳴とともに躍り出て。

 

  塔から見つめる暗闇は彼方まで続いていた。

  声にならない唸りを上げて、ぞろぞろと列をなしていたのだ。

  ここまできてはいけないよ、時々見張っているけれど、

  胸底で燃え、焼け、渦巻き、ヘドロのように沈下して血潮を鈍らせるお前は、

  毒に満たされた浅い呼吸を吐くのだから。

  ――かつて、わたしはそこを見ていた。

 

平生は素知らぬ顔で揺られていた。

そこ、ここ、あそこに花畑。

麗しいうたをひらひら降らし、きれいな蝶々を追いかけて。

もはやとどまるまいと一目散に駆け抜けてきたわざわいは、

その輪郭を薄めたかに見えた。

そのうち霞と消えるだろうか? わたしは胸をなで下ろした。

ところがそうはいかぬと、そいつは待ち構えていたのだ。

薄い皮膜の内側に、ぱっくり大きな口を開けて。

 

どこからともなく悲鳴はつんざきこだました。

わたしは驚きをもって声の主を見た。

そいつはうっすら嘲笑して、勝ち誇ったように腕を掴んでいた。

一体どこにどのようにして、これほどの苛烈が、

水面下で密やかに進行していたのか?

それともこの惨状は、恐怖がつくり上げたまぼろしなのか?

ぞろぞろと列をなしていた亡者は、再びわたしを踏みつけた。

 

膿み出してやったのだ、とそいつは言った。

お前はわたしを忘れ去ったまま葬り去ろうとしているのだから、

たまにはお前のままにならない記憶をこうして再現してやるわいな、と。

そうなのか? とわたしは驚きあきれて問うしかなかった。

 

(2016.3.21 『声・まっくら森』収録)

 

 

【ひとこと】

昔の作品。今読んでも痛すぎる。