ひきこもり支援者とのやりとり 詩:ひきこもり四字熟語
以下は、最近できた自家製本を、あるひきこもり支援者に見せた時のやりとりです。
アゴウさんと6年ぶりに再会
ひきこもりサポーター養成講座に出るため、××センターに向かう途中、堤防沿いの道路で工事をしていて迂回させられた。早めに到着してアゴウさんに声をかけ、あらかじめ緊張をなくそうと思っていたのに、予想外の事態に出鼻を挫かれてしまった。
会議室に入ると、早速アゴウさんを発見。気まずく別れたのは2014年だったか。じつに6、7年ぶりの再会である。互いにすぐ相手を見定めた。
「出席簿の名前見て天寧さんだと思った」
とアゴウさんは私に声をかけた。相変わらず、鋭く人を見ている。
「A型事業所の件ではお世話になりました」私は単刀直入に伝えたいことを口にした。「それでアゴウさんのことを書いたんですけど、出版してもいいですか?」――単刀直入すぎた。
しかし予想に反して、アゴウさんは渋った。「えー、内容にもよる…」
「今日、持ってきたんですけど――」
と私が突っ込んだところで養成講座は始まり、席に着いた。こういう気まずい場面が苦手な私にしてみれば気さくに声を掛け、うまく再会を果たしたのはよかったが、押しすぎた! アゴウさん困ってる! とうろたえた。
このやりとりで緊張してしまい、聴覚過敏は早々に出るわ、講座の内容がなかなか頭に入らないわでパフォーマンスは上がらなかった。
世の中との〈ズレ〉という〈私の世界〉を通して〈ズレ〉を共通理解していく
講座が終わってアゴウさんを待ち、私はまた声を掛けた。
「イキナリ済みませんでした」
「うちのNPOでやっていることは…」
「あ、その件ではなくて……。さっき出版の話を持ちかけたりして。で……どうですか?」
「話したことを公表すると残るでしょう。それは……」
とアゴウさんはまた渋るのだった。
まさかストップがかかるとは! 私の最大の心の支えである手記を出版しないわけにはいかない! 思わぬ障害の出現に焦った。本のことを言わなければよかった、と後悔した。
退こうにも退けず、この話を詰めていくしかなくなった。
「じつは持ってきたんですけど……」と言って数日前に製本した『マイノリティ・センス』を鞄から取り出すと、アゴウさんは目を落とそうとしたが、すぐ「出ましょう」と促した。会議室を閉める時間だ。
廊下へ移動しつつ、「出版する動機はなんですか?」とアゴウさんはズバリ聞いてきた。
イキナリ痛いところ突かれた! 私は頭を抱え、「えー…」と言い淀んだ。「……人間の尊厳の回復と、社会との関係の回復と、それから多様性と言われながら内向きの今の時代に、マイノリティの人権を……」ぶつぶつ説明しながら廊下の長椅子に並んで座った。
アゴウさんはもう一度、本に目を落とし、慎重に読み始めた。いつまでも無言なので、私は思いきって訊ねた。「……覚えていらっしゃいますか?」
「覚えてる覚えてる。記録もあるし」
「忘れやすいと仰っていたので、もう忘れたかと」
「記憶はとめて(留めて)る」
「アゴウさんの言ったことを、事実をできるだけそのまんま再現しました」
「天寧さんと社会のズレ。あなたはことばからズレていく」
「そのことも、そこ(手記)に書きました。アゴウさんが言ったことをそのまんま」
「天寧さんのことがあってから、ユウちゃんという子が来てね」アゴウさんは、自分のNPOで起きている出来事を語り出した。「人と関わらない独特な世界を持ってる。絵を描いてカタルシスしている。作品を通して社会につながっている」
「ああ、自分の世界を通して世界と繋がるんですね」
「そう。自分なりの社会との繋がり。それを細く長くやってるとね、慣れてくるの」
頷きながら私は即座に了解した。自分の経験に照らし合わせて、よくわかる話だったのだ。
「居場所をやってるとトラブルは必ず起きる。そこで失敗して、どうする? と丁寧に考えていく。受け入れたり、許したり……。殺意を抱くこともある。それもシェアする。そうしているうちに捉え方は変わり、許しに、癒しになる。そういうふうに人を育てていくのが居場所の機能」
「居場所を〈やる〉のではなく、それは〈機能〉そのものなんですね」私は言い直した。
「そう。ことばでズレていく。ありのままの天寧さんは生きづらい。それが天寧さん。手記では整理されていると思う。ことばの〈ズレ〉を通してズレを理解する。〈ズレ〉自体が特性」
ことばの〈ズレ〉。世の中との〈ズレ〉。それこそ私の世界であり、表現(手記などの作品)であると、私は即座に理解した。
「ことばのズレ、世の中とのズレという私の世界をもって、ズレを修正していくんですね」私はアゴウさんの言葉を言い直し、繰り返した。
「そう。あとは対話につき合う人がどれだけいるか? 相手に器がないといけない」
Gさんのことを思い浮かべながら、私は頷いた。
「出版したら上下巻送って。シェアする」とアゴウさんが言ってくれたので、許可が出たと内心ホッとした。
今日はどうもありがとうございました、と私から話を終わらせると、少し無言で、並んで歩いていった。
Yさんが「センター長のところへ」とアゴウさんを呼びにきた。別れ際に、「今日はありがとうございました」ともう一度礼を言うと、アゴウさんは「じゃ、また」と短く言った。
「嬉しかったです」私も短く挨拶し、別れた。
帰宅後、気づいた。アゴウさんにとって私は「うんと難しい人」だったと。私にかかわったほぼすべての人がそう評したように。私は誰から見ても「難しい」のである。私が私の精神の複雑さに参っているように。
アゴウさんは7年前に私と別れた後、〈世の中とのズレ〉こそ私の正体と見、だからこそ警戒していたのである。この態度は、Gさんの私への態度にそっくりであると気づいた。
だからアゴウさんは慎重に確認していた、自分の言葉が私に〈ズレ〉なく届いているかと。私が正確にアゴウさんの言葉を言い直したので、アゴウさんは大きな手応えを感じていたと思う。
【ひきこもり四字熟語】
ひきこもり
社会脱落
ひきこもり
時代逆行
ひきこもり
非難囂々
ひきこもり
人間不信
ひきこもり
縁者孤立
ひきこもり
大義希薄
ひきこもり
心眼発達
ひきこもり
世間虚仮
ひきこもり
節約力学
ひきこもり
逆境独歩
ひきこもり
自分回帰
ひきこもり
生存立命
(『声・まっくら森』収録 2017.2.22)