地底の声

天寧煌子の文章置き場(主に詩)

ほんとうのこと

 美しい夢や、幻想や、願望や、一瞬のイメージを書くことにあまり興味はない(自分の作品の中にはそういうものがなくはないが)。私にとって、それは絵筆の役割だ。
 文章には、「本当のこと」を求める。真実を見たいし、書きたい。
 私は脚色が苦手で、「本当のこと」から遠く離れた空想はあまり書けない。アホみたいに「本当のこと」をいうバカと言われる。だから小説や戯曲などで発想を遊ばせるのが難しい。つまるところ、自分の体験しか書けないのだと思う。詩ではいろいろ喩えを用いたり、イメージを膨らませた言葉を駆使したりするが、結局「本当のこと」に向かってしまう。
 だが困ったことに、無意識に「本当のこと」を書こうとすると、身元が割れる。私の抱えている問題は相当な稀少ケースで、専用の言葉を使うと、わかる人にはすぐ「この人」とわかってしまう。私はその事態をおそれる。このことが、詩を書く大きなブレーキになっている。
 自分の苦しみを、「本当のこと」を書きたい。あたりさわりのよいもの、無難なもの、真実でないものは、自分を救えない。けれども脚色ができず、何を書いても下着が透けて見えてしまうので、素性が判明することを恐れて(もう判明しているかもしれないが)、萎縮してしまい、自由に表現ができない葛藤がある。
 考えてみれば、必ずしも詩で「本当のこと」を書かなければいけないわけではない。しかし私は消えてしまうバブルはいらない。言葉遊びや幻想や願望の泡の上で遊びたいと思わない。「本当のこと」しか欲しくない。
 感受量が莫大なので、記憶の塔はもはや消化できないほどの高さに達している。なんとか表現しなければ自分がもたない。やむを得ず詩という形式をとる。つまり私が詩を書くのは苦しいから、体験したことを表現することによって記憶を消化したいからである。

 

(2018.4.28)

別れ

一人の客が主人の店を訪れた

往来に面したショーウインドウには

色とりどりの商品が着飾って

見目うるわしい愛想を振りまく

客人は百花の陳列に目を奪われ

はずんだ歓声を上げて

ウインドウの端から端を行ったり来たり

ここにあるのは主人の生き写しと思い

その人に語りかけるように

無邪気に微笑む

 

ショーウインドウの終わるところ

往来に面した店の入り口は

狭くひっそりと目立たないが

たしかに店内に通じている

その奥に控えている店の主人は

鍵穴から外を見ていた

そして客人に向かって

ひそかに心につぶやいた「さようなら」

ショーウインドウに入り口はない

 

客人はおしろいにまみれた品物を抱えて

歩み去る幾多の見物人に紛れ

やがて姿が見えなくなった

(2018.4.29)

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【ひとこと】

 私は、自分が持っているもう一つの表現に、鑑賞者と作者との本質的なコミュニケーションの通路が通っていないということを書きたかった。

 

 自分の詩が、同じようなイメージに収斂していくようだ。以前もこんな詩を何度か書いたように思う。たぶんこういうのが、私の心象風景なのだろう。
 いつも自分のまわりには化粧した漆喰がある。対面者は化粧の名を呼ぶ。その人に、私は別れを告げる。最後に、真実を詩に託して心を切り離す。すると、似たイメージが引き寄せられて、陰気な風景が出来上がる。

うつわ

これだけ

これがすべて

これしかない

これでなければ

これいがいは

ありえない

うつわ

をほうって

かわりの

うつわ

をさがしながら

これしかない

うつわ

もやっぱり

かかえて

かわりの

うつわ

をもとめる

 

(2018.4.20)

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【ひとこと】

 極意はかわりのうつわという言葉がひらめいた。

出現

魅せられるままの導きは

転がる種に絨毯を敷いて

大地に錨を降ろした

地面に空に 繁茂する

無数の根 のびる枝 ふえる葉

蔦はからまり 苔まで生えた

あの木になることも

その木になることも

できたのに

木はこの地に姿を現し

種の転がる先を果てまで描いて

深々と根を伸ばした

 

(2017.8.17)

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【ひとこと】

 十数年の体験を一言にするなら…。

いびつの心臓

かれがそむけた心臓を

ときには頭上に掲げたく

ときには握り潰したくもあり

その拡声の臭気を前に

きみもまた かぎつけられた愛憎の

煙を嗅いだ

あわれなる きみがいびつの塊よ

両極揺れる街宣よ

自ら頼もしからぬ玉座よ

この血をもはやかざすまい

きみは心臓を その体内に戻し

かたく糸で縫い合わせた

かれの沈黙を遠ざけるために

 

 

(2017.8.1)

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【ひとこと】

 気に入らない気に入らない気に入らない。

 コッソリ書き直すかもしれない。

ひとり相撲

――イラッシャイマセ

――話がしたいのですが

――何ヲ話シマショウカ? 君ノ好キナヨウニ話シテクダサイ

――何を話してもいいですか?

――何ヲ話シテモイイデス

――じつは○○は××で、△△しました

――○○ハ××デ、△△シタノデスカ

――それはどういう意味ですか?

――○○ハ××デ、△△シマシタ、トイウ意味デス

――○○と××と△△の背景にある意味はなんですか?

――ツマリ○○ハ××デ、△△シマシタ、トイウ意味デス

――○○は××で、△△しました、という意味だというのですか……?

――○○ハ○○、××ハ××、△△ハ△△、トイウ意味デス

――○○と××と△△とはそもそもなんですか?

――ソモソモ○○ト××ト△△デス

――その背景にある意味はなんですか?

――背景ニアルノハ○○ト××ト△△デス

――その言葉に意味はあるのですか?

――意味ハアリマス

――……

 

 

(2017.5.26)

きみがいなくなったら

愛する人が死んだときは死なねばならぬと

むかし愛した詩人がいった

もし きみがぼくを置いて

どうしてもぼくのなかから消えるというなら

ぼくはぼくをくびるかわりに

きみをこの手に生み出しましょう

どこにもいないきみのうたを

ぼくのうちに咲かせましょう

行ってしまったきみの息吹を

残されたぼくに注ぎましょう

生きるほかはないのですから

生きるほかはないのですから

遠いうた

世界の片隅から呼びかける
虚しい願いはこだまする
届いても届かなくても
声をかぎりに歌っていた

 

消え入る祈りに絶望と
透明な涙が混じる
決して返ってくることのない声
決して報われることのない声

 

人に祈ると黙られる
その法則をいつ知った?
神様ではないのだから
人間に祈りを受け止める器はない

 

それでも声をかぎりに歌っていた
私は何を信じていたのだろう
世界から景色が消えていく
じぶんの歌だけがこだまする

 

虚しい祈りに透明な涙が混じる
押しつぶされた悲しみを
無我夢中で虚空へ描いた
決して報われることのない声

 

(2012.4.13)

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【ひとこと】

 お蔵入りにして危うくゴミ箱行きになっていたはずの詩を復活させた。

 昔の詩は単調だけど、現在より素直な感じがする。

カンテラ

岩陰が闇に沈む
暗黒の洞窟の奥
奥、奥、そのまた奥深く
肉厚に膨張した
透明の膜を着ぶくれて
沈黙に佇立している
奇怪な異形の塊
――それがわたし

 

君よ カンテラに灯をともし
その手に掲げ持て
そうして黒く染まった足下を
あきらかに照明し
ここまで歩みきておくれ

 

  カンテラを掲げるな
  お前はたちまち
  狙撃されてしまうだろう

 

君は知らないのだ
この照明なしに
洞窟を 闇黒を
不可視の着ぶくれを
わたしと君を隔絶している障壁を
決して視覚できないことを……

 

  カンテラを掲げるな
  カンテラはなくとも
  お前はお前でいられる

 

君は知らないのだ
お前とわたしの基点を駆動している
車輪の型が異なるからくりが
透明の厚着を生みだした
はじまりの物語を……
カンテラの照明なしには
素肌をさらせない
言伝は永遠に行き交わない
秘められた仕掛けを

 

君よ カンテラを掲げよ
そうして洞窟を 闇黒を
あきらかに照明し
ここまで歩みきておくれ
君よ わたしが見えるまで
君よ わたしに至るまで

 

(2018.3.22)

踊る面接シミュレーション

「いい? あなたは女優。ここは舞台。
 女優になって堂々と舞台を演じる!」
「なるほど……演じればいいんですね?」
「じゃあ今度は僕がやってみるから。君が面接官をやって。
 じゃあいくよ? 失礼しまーす。扉しめる。両手そえる」
「え? そんなふうにこっち向くんですか?」
「ここで左足を出す。そしてクイックターン
「ターン!? そんな半円形に?」
「じゃあ今度君やってみて?」
「左手でドアノブ持つ、胸をはる。失礼します!
 扉閉める。で、ここですね? 足を踏み出してターン……」
「とっとっとっ! そっちじゃない!」
「え? 違いますか?」
「反対反対!」
「あ! 右に1周半回ってました。こっちですね?」
「そうそう、左左! 左に半円……」
「いち、にのターン」
「そうその調子! そこでストップ!」
「あっ、これが半円ですね」

 

 とてもためになるダンスの練習だった。

 

(2012.3.12)